花は野にあるように

これは、有名な利休の言葉だそうです。

この季節になると、思い出すのが今は亡き茶花の先生、楠目ちづさん。25年ほど前、逗子海岸近くにお住まいになっておられた先生をお訪ねしました。

玄関に一歩足を踏み入れると、ハッと息をのむような静寂が、私を迎えてくれました。そこには花はなく、ただ、花の気配だけが漂っています。窓辺に置かれた常滑の壷が待っているのは、むくげ?芙蓉?それとも、楓の一枝でしょうか・・・。

透明なまなざし、柔らかな笑顔、銀色に輝くおぐし、そして和服をさり気なく上品に着こなされた、その楚々としたたたずまい・・・。美を深め、美を極められるその方ご自身が、まさに日本の美そのものなのでした。

お茶を点てる席というものは、なぜかいつも俗世とは一線を画した小宇宙です。炉にはしずかにお湯が煮え、仄かにたなびく湯気に風の気配を知り、ふと、生けられた花に目が止まります。古い瓢箪掛に吾亦紅(われもこう)と女郎花(おみなえし)茶室にふっと秋が舞い降りたような景色です。

「その、はかなさと哀れさ、そこに花の美しさのすべてがあります。」

「ふだん花が野に咲くとき、枝が、葉が、幹が自然のなかに立つときの在りようを、まずよく見ることが大切ですね。」

と語られる先生は野歩き、山歩きが大好きな方でした。

私の一日の始まりは4時半起床、ストレッチをして夜明けとともに山歩きがはじまります。1時間は速歩きで。そして帰りの道は足元に咲く野の花を愛でながら、ゆっくり歩きます。

「早朝に咲く花は早朝に、夕暮れの花は夕暮れに見てこそ、最も美しいのです」と教えてくださったのも楠目先生です。時には虫の音を、野草の匂いを、早朝の静寂ななかの山歩きは私の暮らしを豊かにしてくれます。『野あざみ』が美しく咲いています。

私の若狭の家の周辺にも野アザミが何本か咲いていて、あぜ道にもポツンポツンと咲いていました。ある年の夏、もう少し寄せ集めて咲かせたらキレイだろうなと思い立ち、わが家のすべてをお世話してくださっている渡辺さんに頼んでおきました。

翌年の夏の終わりに行くと、わが家の前庭は野アザミの群生地。まぁ、それは見事に赤紫色のボンボンが風に揺れ、私の到着を待っていてくれました。

ボンボンのところがとんがっていて、バリバリしていて、傍にも寄れないくらい。とてもつかめない。葉も茎も、バリバリ。私はつくずく思いました。あっ、この花は青春の私。いつも怒っていて、いつも燃えていて、いつも突っ張っていた。でも勢いがあって、そう最もテンションの高かった時代の私。何時間もみとれてしまいました。

私はあんなだったろうか。「ちょっと庭には痛そう。敷地のはしに移そうかしら。」という私に、「秋になれば、立ち枯れするんですよ。」と渡辺さん。まぁ、立ち枯れですって。枯れてもいたいのかしら。急に寒くなると、そのバリバリのまま立ち枯れるんですって。いやだな。野アザミのまま、肘はったまま立ち枯れてドライフラワーになるのは願い下げだわ。

77歳に近づいて、、早朝の山歩きをしながら野アザミや野の花に出逢って、いい秋が始まろうとする今、私はどんな野の花のように生きよう。そうね、どんな環境のなかでも”私たちは自然の一部”であることは忘れないようにしましょう。

「花は野にあるように」への2件のフィードバック

  1. わたくしが開拓農民の子どものころ、ノアザミは女王様のような花でした。わが家の食卓(かなり気取って)に乗る「粥」には、ほんのわずかの麦を補うように三十種類を超える草花が入っていました。研究者であった父が生きるために植物図鑑を片手に、毒草を避け、食べれる草は、なんでもすべてお鍋に入れた。そのため鍋の中は、まっさおで「あお粥」と呼んでいた。でも、野アザミだけは、畑の畔で、山の麓で咲き続けていた。女王様には父といえど手が出せないのだと思っていた。
    今日、浜美枝さんの言葉でその謎が解けた。ノアザミは、(ボンボンのところがとんがっていて、バリバリしていて、傍にも寄れないくらい。とてもつかめない。葉も茎も、バリバリ。)、だからお鍋にはいれれなかった。でも父にとっても浜さんと同じく「青春の花」だったのだと思いたい。そして、わたくしは、これから野の花と一緒に生きていける平和な老後を目指したい。(カツンド)

    1. 田中克人さま

      ブログお読みいただきありがとうございました。
      そうですか、田中家の幼いころのちょっとお洒落な「粥」はお父さまの自慢の料理だったのですね。
      植物図鑑をみながら・・・
      さぞかし美味しかったでしょうね。(でも、子ども時代)には、その美味しさはわかりませんわね。
      野アザミはそうなのです。確かに”女王様”ですね。
      この頃の私は、すっかりトゲもなく丸くなりましたが、お互いに青春の想い出ですね。
      自然に抱かれて暮す。素敵ですね。
      どうぞお元気でお過ごしくださいませ。

      浜 美枝

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