東京ステーションギャラリー:没後90年記念 岸田劉生展

「ステーション」「駅」・・・という響きに皆さまはどのようなイメージをお持ちになられますか。

18歳でのヨーロッパひとり旅でローマを訪ねた時の「テルミニ駅」は「終着駅」の映画の舞台。イタリアの巨匠ヴィットリオ・デ・シーカ監督。主演はジェニファー・ジョーンズとモンゴメリー・クリフト。1953年公開作品です。荷物を地下に預けてあのラストシーンのホームに立ちました。「終着駅」という言葉に郷愁・哀愁を感じたことを覚えております。

パリの「オルセー美術館」はもともと1900年のパリ万国博覧会に合わせてオルレアン鉄道によって建設されたオルセー駅兼ホテルでありました。長距離列車のターミナルでかまぼこ状の大屋根の美しい建築が、1986年に現在の美術館として生まれかわったのです。

建物内部に鉄道駅であった面影が残っています。絵画・彫刻だけではなく、写真、グラフィックアート、家具、工芸品など19世紀の作品を観ることができます。かまぼこ型のガラスからは陽光が射し、美しい元ステーション美術館です。

そして「東京ステーションギャラリー」。

東京駅は生活の一部です。私は旅に出かける時、また仕事の時の出入りに映画を観たり、美術館巡りをしたり、友人とのおしゃべりで出会う時など東京駅もよく訪れます。

そんななかでの楽しみのひとつは駅構内にある「東京ステーションギャラリー」です。まずギャラリーに入る前に丸の内側の天井を見上げます。そして館内に。2012年秋に復元工事を終えて新しいスタートを切りました。

ギャラリーで絵を見る前に鉄骨レンガ造りが目にはいります。その美しさには震災、戦争をくぐり抜けてきたストーリーが秘められていることに気づかされます。関東大震災と第二次世界大戦を経てきた建設当時のレンガが使われていて、それが「アート」になっています。歴史的建造物としての100年の記憶を感じつつの絵画の鑑賞です。

今回の展覧会は「岸田劉生展」です。没後90年記念です。

大正時代に活躍し、今も人気の高い画家・岸田劉生(1891~1929)。今回の展覧会の見どころは多くの作品を年代順に並べられているので、その変遷が浮き彫りになり、私ははじめて「岸田劉生像」を知ることができました。

ある時期に集中して描く対象物、それが自画像であったり友人達の肖像画であったり、写実で細密な画風に変わり、雑誌「白樺」でゴッホやセザンヌの影響を受けたり、レンブランドやゴヤなどに惹きつけられていく行程。

そして、あの有名な「切通之写生」15年の「道路と土手と堀」に出会います。不思議な絵です。左手の石垣の細かい陰影。土の道が斜めになり天に突き出たような晴れ渡った青空。雑草や小石まで精密に描かれています。

そして16年から取り組んだ静物画。この年の7月に肺病と診断され、戸外での写生が出来なくなるのです。「林檎三個」は病と闘う劉生が自分と妻、娘の麗子の「一家三人の家族の像」だと気づかされます。

38歳で急逝した劉生の”祈り”を感じます。そして、あの「麗子坐像」19年8月23日に完成。愛する娘を細密描写で描いた油彩画。麗子のよこに置かれた赤い林檎が印象的です。

麗子はじっと動かずその姿でモデルになっていたので、うっすらと目には涙が浮かんでいます。深い愛情を感じます。早世の直前に渡った中国東北部を描いた風景画は光あふれ、未来を信じて描いたのでしょうか。それとも余命を感じて描いたのでしょうか。

それにしても38歳とは・・・もっともっと自己の道を歩みたかったことでしょう。そうした一人の画業、生き方を知ることができた展覧会でした。

個人的には日本的な椿を西洋風に描いた「竹籠含春 ちくろうがんしゅん」も好きです。二色に染め分けられた竹籠に六輪の大ぶりの椿がいれられています。

会場を出ると美術館に来た人だけが見られるギャラリー2階の回廊からのドームを見上げられます。干支の彫刻が繊細に描かれています。改札口からの人の流れを見ながら「ステーション」の床にも目がくぎずけになります。

このように満たされた日はステーションホテルのバーで軽くカクテルを・・・

“さぁ山に戻りましょう”と帰路につきました。

美術館公式サイト
http://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/201908_kishida.html

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