イギリスへの旅のつづき~スリップウェア

日本にスリップウェアを広めるきっかけは一冊の洋書「クエント・オールドイングリッシュポタリー」(古風な英国陶器)だったそうです。1913年(大正2年)、日本橋丸善で同書を見つけた民藝運動の創始者、柳宗悦は当時まだ大学生で心驚かせたもののその洋書は高くて買えなかったそうです。

スリップウェアとは、やわらかく、穏やかで、親しみ深く、使いよさそうな器です。私がひと目惚れしたのが、25年ほど前に益子にお住まいだった濱田庄司先生の奥さまをインタビューのためお訪ねしたときでした。

角皿に細長い筍を湯葉で包み油で揚げて出して下さったときです。それまで日本民藝館でバーナード・リーチ、濱田庄司、富本憲吉など、日本民藝を支えた方々の作品を拝見していました。

富本憲吉は柳宗悦より少し前にその洋書を入手し、前金を払い残りは友人に借金をしたそうです。「金は貸すがしばらく預けろ」と言って聞かなかったのが陶芸家バーナード・リーチ(1887~1979)でした。

1920年(大正9年)、リーチは濱田庄司と一緒にイギリスに帰国して、セントアイビスで窯を築き、作陶をはじめます。そしてある日、近所の家にお茶に招かれた際、45センチほどの黒字に白い縞模様の大皿にお菓子が入っているのを目にして、その日常の美の美しさに驚きます。のちに多くの日本人の心をつかむことになります。

古くは古代ローマがもたらしたスリップウェアといわれています。

これは私の個人的な考えですが、柳宗悦はじめ民藝運動の方々によって、それまでは”飾りようの器”が中心だったものが、日常に使う「用の美」であるスリップウェアを世に送りだしたのだと思います。オープンでも使える器。イギリスでは低温1000度位で焼き、日本は高温で焼くためニュアンスが多少ちがいます。

スリップウェアがつないだご縁

濱田が皿をイギリスより持ち帰り神戸港に着いた足で京都の河井寛次郎家に直行し、そして柳もスリップウェアに出逢います。リーチは日本を訪れた折にスリップウェアの技法を広めます。

トットネスの町から南西へ車で2時間ほどのところにセントアイビスの街があります。繁華街を抜け、急な坂道を上っていくと住宅街の中に煙突が立つ三角屋根が見えます。

そこがリーチの工房跡、一度は老朽化が進み解体の危機もあったそうです。でも、工房は再建運動を経て、2008年(平成20年)にリニューアルオープンしました。

「どこもかしこも石、石、石のほか何もない」と濱田は綴っています。作陶ができるようになるまでには1年もの月日が過ぎ、ようやく本格的にスリップウェアがつくれるようになりました。

私はその工房に立ち当時の二人の苦労を思うとき、濱田先生の奥さまが私にその器もてなしてくださったことから、ついこの間のことのように思えて胸が熱くなりました。奥さまの影の支えがあってこその濱田先生。その時のお話でよくわかりました。

”この地を一度は訪れたい・・・”と想い続けてはいたものの最南端のセントアイビスには今までいけませんでした。道具も、登り窯も、土をねかせていた場所もそのままです。おふたりの真剣な作陶する姿が目に浮かびます。幸せで、幸せで・・・はるばる訪ねられたことに感謝いたしました。

最後はロンドンに戻り、朝は澄んだ空気の中、リージェントパーク内のクイーン・メアリーガーデンに薔薇の花を見に行きました。

春から夏にかけて咲く誇る薔薇はとりわけ美しく広い公園内を色とりどりに咲くバラ。香りがあたりを包みます。「ドリス・デイ」と名前のついた黄色の美しいバラもありました。

心ゆくまで緑豊かな公園を散策し、午後からはヴィクトリア・アンド・アルバード博物館のコレクションを観ました。ウィリアム・モリスがデザインした布やタイル、家具、そして他の美術、服飾、工芸品などを堪能した午後でした。

そして、ロンドン最後の夜は英国伝統の味「フィッシュ&チップス」(14ポンド・2000円くらい)を食べました。

街でよく見かけるファストフード的なお店とは違う「ザ・メイフェアー・チャッピー」で。魚の鮮度、衣の配合、使用する油などオーナーのこだわりがロンドンナーにも人気な小さなお店です。

黒白のタイルと木の組み合わせインテリアも素敵。混むので予約していったほうがいいかも知れません。お薦めです。イギリスは移民が多く受け入れているので、インド、タイ、マレーシア、エジプト、中華などそれぞれ美味しいレストランが多いのですが、やはり最後は「英国伝統の味!」美味しかったです。

こうして14日間のイギリスの旅を終えました。

私にとってイギリスは特別な国です。有意義で考え、感じ、よい旅ができました。

「イギリスへの旅のつづき~スリップウェア」への2件のフィードバック

  1. 濱田庄司先生はスリップウエアーをご覧になってイギリスにも日本の民芸に共通する暮らしがあることを確信なさったと思います。セント・アイブスや湖水地方には益子とおなじ土地の匂いを感じます。大量生産・大量消費の時代が終わり、ひとつひとつぬくもりのある民芸が見直されることを喜び、浜さんのエッセイを読ませて頂きました。
    次回、湖水地方の古城で作陶をなさった故エドワード・ヒューズの奥様静子・ヒューズさんをお訪ね下さい。

    1. 日下田 宗弥様

      ようやく日本も大量消費の時代から”ぬくもりのあるモノ”へと流れが生まれてまいりましたね。
      生前濱田庄司先生の奥さまにインタビューさせていただいたことがございます。「民藝」そのもののような方で濱田先生のことも伺いました。
      あの時代「白樺や民藝」が生まれたからこそ「リーチ先生」とも出逢えたのですね。
      次回はまた湖水地方を周ってみたいです。
      投稿ありがとうございました。

      浜美枝

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