飛騨路を旅して

木曾川と一緒に山々を分け入って進む高山線は、木の国へと人を誘うルートです。

豊かな水の流れ、芽吹きの葉の美しさは輝くばかり。木は誇らしくそびえ、枝を広げています。季節は春がすぎ初夏。緑濃く葉を茂らせて、まもなく実りの時を迎えます。

人にたとえるなら気力にあふれ充実した時代というところでしょうか。田んぼには苗が植えられ水面はキラキラ太陽の光が射して、それは美しい景色です。車窓からのこの風景に最初に出会ったのは、もう半世紀も前のことです。春夏秋冬このルートを何度旅したことでしょう。どんな風にもみぞれにも雪にもひるむことなくひたすら走り続ける列車。

多く旅をしていると多くの木々にであいます。あの木げんきかしら、あの木はどんな顔になったかしらと、再会を楽しみにする木が私の旅先には何本もあります。

新潟の山、山形の、石川の、富山の、北海道の、熊本の、山々、そして樹々。また逢ったときの嬉しさは、懐かしい人々に再会したときのうれしさに似ています。

岐阜と富山の県境に、御母衣(みほろ)ダムがあります。その傍らに樹齢500年とも言われる庄川桜が今年も見事に咲き誇ったことでしょう。村が湖底に沈む直前に移植されました。作家、故・水上勉さんの「桜守」でしりました。

庄川上流の村々の家、小・中学校、神社、寺、木々や畑がすべて水没していく運命の中で500年もの樹齢を誇る老桜樹は幾人もの男たちの桜へのひたむきな思いによって移植され、今もなお季節がめぐるたび美しい花を咲かせてくれます。

”桜守”木の存亡に生命(いのち)を燃やすひと。ずいぶん前に行ったとき、その桜の木の下で、水没した村のおばあちゃん達がお花見をしていました。木の幹にさわり『あんた、今年も咲いてくれたの~』とつぶやいている姿に胸が熱くなりました。

今回は「ITC-J飛騨高山クラブ30期記念」に招かれての講演でした。岡山、大阪、京都、名古屋そして飛騨の女性たち。「育み そして育まれ」をテーマに女性の方々と語りあいました。

せっかくの久しぶりの高山、前泊し高山市内を散策したのですが、インバウンド、人・人・人・・・海外からの観光客で中心地は人で溢れていました。でも、古い町並みや日本で唯一残る陣屋は当時の姿そのままに、”飛騨匠の心”が息づく技を見ることができます。


心落ち着く「飛騨国分寺」は1250年の昔、聖武天皇の勅願によって建立されました。本尊薬師如来御像、そして円空上人作の弁財天など拝観させていただきました。樹齢1200年のイチョウの木は天をつくかと思えるほどの高さです。

最後は私のお気に入りの蔵を改造して作られた素敵な喫茶店で、手づくりの黒蜜でくずきりをいただき、そしてコーヒーを。ご主人との会話も楽しく充実したひとときでした。

往古(おうこ)と現在(いま)をつなぐ飛騨路への旅でした。

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