川と遊ぼう。土手の草花

夜明けどき、深い穏やかな眠りのなかにいた私は、家の遠く近くでする小鳥のさえずりに目を覚まします。”あのいそがしげな鳴き声は、ほととぎすかしら?そう、ほととぎすは「時鳥」と書いて夏の到来を告げる鳥。古来詩歌のなかでも、春の花、夏の時鳥、秋の月、冬の雪が四季の代表的な詠題とされていますね。

お布団を抜け出して縁側の雨戸を開けると、まだ眠気からさめきらない私の顔にさっと一陣の潮風が吹いて、全身に気持ちのいい目覚めを促してくれます。

ここは、福井県若狭の地。私が25年ほど前に古い茅葺の農家を移築して、私自身へのプレゼントとして設けた「故郷の家」です。

朝の冷気を家じゅうにとりこんでやるために、開け放った硝子戸。目の前には、田植えを済ませたばかりで水を満々とたたえた田んぼが、シンとして広がっています。水田の水面はまるで巨大な鏡のように、しだいに明けてくる空を、周辺の山々を、そして木々の木立の姿を、くっきりとその鏡面に映し出すのです。

私はパジャマのままで縁側に座って、いつまでも、時を忘れてその美しさに見入ります。

水田水  なみなみと日の 上りたり     石原 船月

私の桃源郷のような故郷の家です。

東京下町の小さなダンボール加工工場を営む両親のもとに生まれた私。あの東京大空襲ですべてを焼け出され、命からがら逃げ出し住んだ場所が多摩川のほとりにある武蔵小杉でした。

4軒長屋の水道もない家。かまどでごはんを炊き、バケツに水を汲みゴシゴシ洗濯板でこすりながらの洗濯。子供心につらくもあり、楽しい日々でした。近所のおばちゃんたちには「みえこちゃんえらいね、きょうもお手伝い」と褒められ、おかずのおすそ分け。下町の風情の残る人情豊かな思い出・・・。

「故郷がほしい」・・・それが若狭の家です。現在は私の近畿大学での教え子たちが、田植えや、野菜作りに大阪の大学から、また社会人になったOBたちも集い、彼らの「故郷」になっています。若い日々、そうした体験をすることの素晴らしさを私自身が一番知っているからです。

水泳を覚えたのは武蔵小杉に暮していた子ども時代。多摩川でこちらから泳いで東京にタッチし戻る。子供達にとって”川と遊ぶ”は日常でした。武蔵小杉は現在は高層マンションが建ち並び、大都市に様変わりしたそうです。

そこで見つけた素敵な本。

川と遊ぼう。多摩川ノート 土手の草花」(北野書店)。

著者は映画「釣りバカ日誌」にレギュラー出演するなど個性派俳優として幅広く活躍している俳優の中本賢さんです。1956年浅草生まれ。主な著書に「多摩川自然あそびガサガサ」「ガサガサ探検隊」など多摩川近郊に移り住んで多摩川の土手や川原で見られる95種の草花は、どれも個性的。素敵なガイドブックです。

この30年間で、多摩川も大きく変化したそうです。私の子供時代の綺麗な多摩川、汚染された多摩川、また美しい流れになり戻ってきた多摩川。

河川敷で小石の投げっこや、石拾いをし、ポケットにいれてその温もりをたのしんだり・・・の子ども時代。

河川敷の中でも、礫(れき)川原といわれる砂利や小石が広がる川原が、全国的に減っているのだそうです。多摩川流域の小学生と一緒にフィールドワークも行っている中本さん。

四季おりおりの動植物をご紹介している本です。「身近な場所で野生の植物を観察する楽しみは、名前を知ることだけではありません。どのような環境で、どのような生活をしているかを感じることがオモシロイ。自分が暮す街がどのような場所なのか、地域の人々がどのように暮しをしているのか・・・草花はありのままを伝えてくれます」とおっしゃる中本さん。

「ワタクシ、道草がやめられません。」素敵なお話をラジオでお聴きいたしました。そして、収録後、帰りぎわに「浜さん~、子ども時代を過ごした武蔵小杉の多摩川べりにもたくさんの草花が咲いていますよ!ご案内するから遊びに来てください!」とおっしゃってくださいました。夏になったら70年ぶりに多摩川に行ってみたい!と思いました。

そのときには中本さんにご案内していただこ~と、思いました。懐かしい多摩川。懐かしい子ども時代。

文化放送「浜 美枝のいつかあなたと」
日曜 10時半~11時
7月1日放送

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