映画「ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書」

 

正直にいって映画を観終わったあと、しばらく席を立つことが出来ないほどの心地よい疲労感と、スピルバーグ監督からのメッセージを深く考えていました。

この作品の舞台となるワシントン・ポストのオフィスの再現は徹底的にこだわるスピルバークの世界。監督は語っています。

「今もワシントン・ポストに勤めている友人をセットに招待したんだ。おちこち見て回った彼の目には涙があふれていた。彼は『当時のオフィスそのものだ』と言ってくれた」と。

ヴィンテージのタイプライター、コード付きの電話器、記事のカーポンコピー、乱雑に置かれた灰皿、その匂いすら感じる編集現場。

監督・製作はスティヴン・スピルバーグ。
主演はメリル・ストリーブが演ずるキャサリン・グラハム(ワシントン・ポスト社主・発行人)とトム・ハンクスが演ずるベン・ブラッドリー(ワシントン・ポスト編集主幹)。

半世紀近くも前の話です。米国の歴代政権が隠してきたベトナム戦争の実情を記す機密文書の報道を巡る政府と新聞の闘いが描かれています。スクープしたニューヨーク・タイムズが政府の力により差し止め命令を受けます。1971年6月、ワシントン・ポストが立ち上がります。

この映画には英雄は登場しません。内部告発者、メディアの経営者やジャーナリスト、彼らは皆、重要な登場人物。しかし、生身の人間。悩み、逡巡し、もだえる。

その時、彼らが立ち戻る原点は?

言論・報道の自由をとことん守り抜くと宣言した憲法修正1条。彼らの思想と行動を多くの市民は支持します。そして、裁判所も、政府の横槍を認めませんでした。

まだまだ若い米国には、もしかしたら強烈な”歴史意識”があるのかもしれません。『我々が日々、歴史をつくっている!』その感覚は政治家や官僚の専売特許ではない。多くの市民の無意識のうちに積み重ねている日常の所作かもしれません。

「最高機密文書」にはベトナム戦争での米軍の劣勢など報告されていたのです。それを知っていて、異なる発表を続けた歴代政権を、メディアや市民は許さなかったのです。多くの尊い命が奪われた戦争でした。

キャサリンを演じるメリル・ストリープの見事な演技は「クレーマー、クレーマー」(79)、「ソフィーの選択」(82)、「恋におちて」(84)、「マジソン郡の橋」(95)、「プラダを着た悪魔」(06)、「マンマ・ミーア」(08)、「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」(11)など、あげたらきりがないほどの多くの役を見事に演じてきた女優。

私生活では、夫でアーティストの間に一男三女のお母さん。キャサリン・グラハムも四人の子どもの母親で、家庭を守り平凡に暮らすのが一番の幸せ・・・と思ってきた典型的なあの時代の女性。父親の興した新聞社を夫が継ぎ、ところがその夫が鬱病で自殺してしまい、社主をつとめることになったキャサリンは、経験も浅く、男性優位の社会で礼儀正しさを保ちながらも筋を通すやり方を学んでいきます。

彼女は新聞社史上もっとも大きな決断を迫られた時に『いつも完璧じゃなくても最高の記事を目指す。それが仕事でしょ?』と言い放つのです。

正直にいって私はスピルバーグ監督は女性を描くのは苦手の人、と思ってこれまできました。今回の映画で見事に裏切られました。トム・ハンクスも中年になりますます素敵になっています。リズ・ハンナの脚本も女性の目が生かされていますし、ある意味では信頼のラブストーリーともいえます。

半世紀近くも前の話です。この記事は当時世界中を駆け巡り、私もはっきり記憶にあります。

しかし、「機密文書」自体の真贋が問われたとしたらいったいどうなるのでしょうか。極めて深刻かつ、今日的な問題です。

この映画は人事ではなく、アメリカ映画・・・では片付けられないメッセージをスピルバーグ監督から預けられているのです。

ラストシーンを見逃さないでください!

映画公式HP
http://pentagonpapers-movie.jp

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です