50周年の岩波ホール

創立50周年おめでとうございます。

神田神保町の岩波ホールが2月9日に50周年を迎えられます。ミニシアターの草分けで、映画文化を私が学んだのは岩波ホールでした。

世界の埋もれた名作を次々に上映し、欧米だけでなく、世界各地のアフリカ、中央アジアなど私が見始めた頃は全く知らない国々の映画にも出会えました。

シネコンで観てももちろんいいのですが、私のような時代の映画育ちには、やはり岩波ホールのようなミニシアターがしっくりきます。でもこのようなシアターが苦境にあり、閉館が相次いでいるのも事実です。

スマートフォンやタブレットで見る習慣が若者達に広がる中で、映画はやはり”スクリーン”で。そこには高い志があったからこそ「いい映画」を私たちに提供してくださるのです。

今日で終わってしまいますが文豪モーパッサンの名作「女の一生」ももちろん観ました。19世紀のフランスを舞台にした若い娘が妻へ、母へ、そして・・・この女の一生を気鋭ステファヌ・ブリゼ監督が新たな作品にと仕上げ、自然の素晴らしさ、時代考証が入念なので衣装も背景すべて、役者の芝居もまるで今この時代に存在しているように心が揺さぶられました。

岩波ホールでは映画監督の羽田澄子さんのドキュメンタリーも上映され続けています。「エキプ・ドシネマ」(フランス語で、映画の仲間の意味)という運動が1974年に起きます。

世界の埋もれた名作を発掘して上映するこの運動の中心として活躍したのが総支配人・高野悦子さん(2013年死去)でした。後を継いだのは岩波律子・支配人です。

どんな思いで継がれたのか、やはり直接お話を伺いたくてラジオのゲストにお迎えしました。

岩波律子さんは、岩波書店と岩波ホールの社長だった父・雄二郎さんの長女として、東京に生まれました。1975年、学習院大学大学院・仏文科修士課程を修了し、翌年フランスに留学。フランス語で日本文化を学ばれたそうです。1979年、岩波ホールに入社し、外国部、宣伝部、編集部を経て、1990年に支配人に就任。翻訳書に「カメラの旅人 ある映画人の思索と回想」があります。

神保町の交差点からすぐのところに岩波ホールはあります。私はいつも地下鉄で行きます。とても便利でそのまま上がればホールのある建物に入れます。

支配人として大切にしていることは、他の映画館の映画の予告編を入れないこと(これは見る側には有難いです、作品に集中できるから)。

映画の初日にはご挨拶をし、感想を言われるととても嬉しいそうです。客席の8割くらいは女性です。時には「ご飯はどこで食べたらいい?」など質問を受けることも。皆さんと交流したいと思います。そして『世界の映画を上映する窓口であったらいいな、と思います』と語ってくださいました。これからも「いい映画を見せてください」

明日2月3日からは「花咲くころ」が始まります。
ぜひ岩波ホールのホームページをご覧ください。
https://www.iwanami-hall.com

混乱のさなかにあった1992年のジョージアの首都トビリシを舞台に14歳の少女2人の成長を描く映画です。もちろん私も観にまいります。

放送は2月4日
文化放送「浜美枝のいつかあなたと」
日曜10時半~11時

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