朝日新聞 be 土曜版連載

6月から朝日新聞のbe土曜版でのリレーエッセイに寄稿させていただいております。
1ヶ月1回です。先日亡くなられた日野原重明先生(聖路加国際病院院長)は5月なかばに口述筆記で残された原稿です。そして憲法学者の樋口陽一氏、十和田市現代美術館館長の小池一子さん。そして、若輩の私です。そうそうたる先生方。お受けするのをためらいましたが、日ごろ思っている事を素直な気持ちで書こう・・・と思いました。今回は4回目9月30日に掲載された、”インバウンド”についてです。20代から旅を続けて出会った人たち。たくさんのご縁をいただきました。
『本当のインバウンドとは』
先日、飛騨古川を訪ねると、駅の改札口に「お帰りなさい」と懐かしい笑顔が並んでいて、ほっと心がほぐれていくのがわかりました。
40年ほど前、骨董や民藝、古民家を目的に町をめぐっていたときに「故郷を見直す映画を作りたいんです。相談に乗ってくれませんか」と声をかけてきた青年がいました。その故郷に対する熱意に打たれ、映画仲間を紹介するなどお手伝いをすることになり、2年半後、青年と仲間たちにより『我がふるさとに愛と誇りを』というフィルムが完成。青年は当時青年会議所のトップだった村坂有造さんでした。
村坂さんと仲間たちは、その後も飛騨古川の町並みの整備や地域住民の人づくりを進めていきました。彼らとの交流も今へと続き、いつしか飛騨古川は私の人生の一部になりました。
飛騨古川は今、全国でも指折りの町づくりを進める町として知られています。最近はアニメ「君の名は」の舞台としても有名で、若い人や海外からの人たちの姿も多く見かけました。
村坂さんたちの思いは今、国内外の旅行者向けのサイクリングツアーなどを行う『美ら地球(ちゅらぼし)』を営む山田拓さん・慈芳(しほ)さん夫妻たちが受け継がれています。山田さん夫妻は世界を旅し、飛騨の地域性に惚れこみ、ここに定住して10年。その山田さんを慕って若い人がさらに飛騨古川に集まっています。
翌日、村坂さんと志穂さんと石積造りの棚田が広がり板倉が点在する種蔵地区まで足を伸ばしました。昔ながらの農法で農作業がなされ、古民家を移築した宿泊施設もあり、飛騨市の魅力となっている地区のひとつです。今、日本全国、人口減が深刻ですが、ここでも後継者や石積の維持などの問題があると聞きました。
近年はインバウンドブームといわれますが、いかに外国人にお金を落としてもらうかという発想では、一過性のものに終わってしまいかねません。観光地として商品化とは一線を画した、飛騨古川のような本来の町づくりが求められていると感じます。
日本の田舎を後世に残していくために、10年後、50年後の住民の幸せを見据え、地域全体であるべき姿を探り、手を打ち、次世代を担う若者も含めた人材を発掘していくことが急務ではないでしょうか。

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