上野の森 恩賜公園

上野公園に行ってまいりました。
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目的は、東京博物館の建物を改めて観ること。
国立博物館平成館で開催されている「茶の湯」特別展を見ること。
そして午後からは津軽三味線、高橋竹山さんの二代目襲名二十周年記念コンサートを聴くこと。
どっぷり上野の山の緑と美術と音楽を堪能できた一日でした。
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皆さまの中には東京国立博物館へ行かれた方も多いかと思いますが、この博物館を旧薩摩藩士が創ったことご存知でしたか?
私はまったく知りませんでした。明治15年(1882年)に完成したのですが、そこに至るまで、時代の流れに翻弄されながら外交官の道を断たれ男のもうひとつの夢が実現したのです。これは『日本博物館事始め』という教科書には載っていない明治の物語です。
作者は西山ガラシャさん。西山さんは1965年、名古屋市生まれ。10代のころから小説を書き始め、8年まえから本格的な活動をされておられますが「ガラシャ」インパクトのあるお名前はやはり、戦国の世を生きた明智光秀の娘「細川ガラシャ」に強く惹かれたからだそうです。
小説 日本博物館事始め」(日本経済新聞出版社)は、薩摩藩士だった町田久成という男が主人公です。これが、何ともかっこいい(姿かたちだけではなく)私好みの殿方なのです!
時は明治。新政府は神道を国教として保護したため、廃仏毀釈が吹き荒れ、数多くのお寺が打ち壊されました。さらに、西洋に追いつけ追い越せという風潮のもと、日本伝統の貴重な文化財が海外に流れていきます。町田久成はそうした光景に心を痛め、幕末、イギリス留学中にみた大英博物館のような場所を日本で創ることを決意し、奮闘が始まっていくのですが・・・それはぜひ本をお読みください。
私はいっきに読み終えました。なにしろ町田久成の魅力的なこと。現代ではどうでしょう・・・これほどの志をもって国家の文化財に情熱を注げる人がいるでしょうか?なんて少しミーハーですね、私。そこで、やはり直接お話が伺いたくてラジオのゲストにお越しいただきました。
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改めて、この小説を読み、お話を伺い”なぜ上野の山”に博物館を?の疑問がとけました。入館し常設展「日本の美術の流れ」を観ながら建物をじっくり拝見し、それから外のケヤキの樹の下のベンチに座り当時の様子を想像しました。
「ガス灯が、上野公園内を照らしはじめた。精養軒で開かれる舞踏会に向かうのか、着飾った人たちの姿が見える。人力車も数台集まっている。」
「開館式に噴水の池には、目に鮮やかな錦鯉が放たれた。午前九時五十分、明治天皇が馬車にて黒門にご到着になった。」と書かれています。
久成は心に決めていたとおり博物館完成後、館長を辞し仏門にはいるのです。館長の職についていたのはわずか七ヶ月でした。建物の横に”初代館長”とある像の名前は別の人物でした。
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そして、隣の建物、平成館で特別展「茶の湯」を拝見。日本の美の粋・国宝「曜変天目」はじめ名品がずらり、私は少し荒々しく力強い高麗茶碗がとても好きでした。
初夏の日を浴びてそよぐ若葉や枝や幹を渡る風が心地よく木陰を歩き、上野駅前の文化会館の小ホールへと向かいます。
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ホールは満席で、高橋竹山さんの津軽三味線の音色に唄に、聞き惚れました。17歳で初代竹山師匠に弟子入りし、師匠とともに25年間世界を舞台にさまざまなジャンルに挑戦し続けている二代目竹山さん。まさに初代竹山の魂を引き継ぎ、観客とともに紡ぎだす津軽三味線の新たな夜明けを感じるコンサートでした。コラボした作曲家でピアニスト、ヴォーカリストの小田明美さんも素晴らしかったです。
一日の休養日で、こんなにたくさんの幸せをいただける・・・感謝しながら箱根の山に戻りました。
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