『フェルメール』

六本木ヒルズ森アーツセンターギャラリーで「フェルメールとレンブランド・17世紀オランダ黄金時代の巨匠たち展」を観に行ってまいりました。
フェルメールの傑作『水差しを持つ女』が日本初公開です。「日本人はフェルメールが好き」とよく言われます。私もそのひとりです。静謐な朝の光が射しこむ窓辺でひっそりと控えめに佇む女性。テーブルの上にはシックな赤の厚手のクロス。身支度前なのでしょうか、箱からのぞく真珠のアクセサリー。思ったより小さな絵画は、フェルメールが部屋に飾れるように描いたからでしょうか。私達日本人がフェルメールに惹かれるのは『日常』を美しく、また画家本人が愛おしく日常を暮らしていたからでしょうか。
10代の終わりの頃、ヨーロッパ一人旅をし、オランダ・アムステルダムの国立美術館で観た「牛乳を注ぐ女」を観た時の感動!厨房の窓辺で体格のいい女性が器にミルクを注いでいる姿。テーブルの上には硬くなった古いパンが置かれ、青のスカート・・・。「小路」では古い街並みの小路に女性が洗濯でもしているのでしょうか、質素な生活感の中にフェルメールが暮らしたデルフトの街の風景が素敵だったことを思いだします。そして、お金がなかったからですが、街角の屋台のようなところで食べた「スープ」の美味しかったっこと。豆と玉ねぎとベーコンがことこと煮て作られたスープにパンをつけ立ったまま食べました。あのスープはもう一度食べたいです。
フェルメールといえば『真珠の耳飾りの少女』でしょうか。窓からの光を受け、赤い唇の光沢、そして真珠の耳飾の反射光(これはハーグ・マウリッツハイス美術館蔵)も私達を虜にしますね。
17世紀オランダは「黄金時代」でした。スペインから独立したばかり。世界の海へと乗り出していったオランダはプロテスタントを国教として栄え、世界中の品々が運びこまれ豊かな国へとなっていきますが、人々の暮らしは慎み深く、堅実で労働を美徳とされてきました。そのような姿をフェルメールは描き続けたのですね。そして、絵の中に描かれている”箒”をみると、この国の人々の掃除好きで清潔感のある暮らしぶりが分かります。
フェルメールは1632年、画商で宿屋を営む家に生まれ、デルフトの町中で育ち、結婚をし、11人の子供を持ち、30代で多くの絵を描き、43歳で亡くなります。市内の新教会で洗礼を受け、旧教会に眠っています。オランダ人らしく大変几帳面な人だったようですね。何よりも暮らしを大切にした画家だと思います。そうした人柄が絵画の中から読み取れます。
私の友人のKさんご夫妻はデルフトの町から車で15分くらいの町にお住まいです。日本人のご主人にオランダ人の奥さま。もう40年来の友人です。彼女にオランダ人気質を伺うと興味深いお話が聞けます。オランダ人は家は、何といっても居心地の良さを大切にします。贅沢はせず自分達で古い住宅を買ったらドアを外し、ペンキ塗り直し、トイレやバスルームを新しくし、徹底的に快適な家に自分達でリホームします。壊したり、作ったり、ペンキをぬったりということは、たいていの人は自分でします。むしろ新築を買うより高くついてしまうのですが、歴史ある建物を大切にします。
そして、多くのオランダ人は3週間位の休暇をとりますが、ホテルなどに泊まらず車に食料をいっぱい詰めて込んでキャンプ場に宿泊する人たちも多いそうです。倹約家で、”生活を豊かに楽しむ達人”かもしれません。コーヒー好きで知られていますが、カフェでのお茶より家でゆっくり飲み、そのお金はお花にかけます。ほんとうに花好きな国民性です。ここにもフェルメールの時代から”日常の美”はかわりません。もちろん若い人たちは変化してきているのでしょが・・・。日照時間が短く、暗くて長い秋冬の日が続くので、人々は太陽や光に敏感なのでしょう。今回の展覧会でフェルメールの絵を観ながら、前回のブログ『民芸』と共通点があるように思いました。
7、8月はバカンスで町も静かになるそうです。デルフトの町は以前一度だけ行ったことがありますが、短い滞在だったのでフェルメールの世界に浸れませんでした。伺うとアムステルダムのような大都会でなければ古い街並みの中の小さなホテルの屋根裏部屋などは朝食付きで5000円くらいで泊まれるようです。いつものように”暮すように旅する”ことができそうです。
そう・・・夏休みはデルフトに行き、朝の光を思う存分味わってみたい、と思った展覧会でした。
3月31日(木)までです。3階のチケット売り場では30分ほど並びました。
六本木ヒルズ森アーツセンターギャラリーの公式サイト

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