会津若松

先日、会津若松商工会議所のお招きで講演に行ってまいりました。
私は地方にお邪魔する時はできる限り前日に入り街を散策いたします。その街の風、匂い、人々の暮らしを拝見いたします。身体にその街の空気が・・・そっと私を包んでくれます。今回も新幹線で郡山へ。
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駅で”ふくしま路・おとなの秋ごはん”を買い磐越西線快速で会津若松へと向かいました。美しい山々を見ながらの駅弁は最高!です。福島県を三つの地域に分けたとき、もっとも内陸部にあり、猪苗代湖や磐梯山などに囲まれ、四季折々、風光明媚な景色が広がる会津地方。磐梯山はうっすらと雪をかぶり、紅葉した木々、伺うたびにその美しさに胸が震えるようで会津には日本の原風景があるなぁといつも関心させられます。
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ホテルに荷物を置き町中を散策しました。鶴ヶ城には400年前の石垣が残っております。「絵ろうそく」の名人のおじいちゃんとよもやま話をし、酒蔵や奥会津で採れるぜんまいを買ったり、そしてぜったいに外せない味噌の満田屋さんで”みそ田楽”と地酒を少々いただきました。満田屋さんは江戸末期創業の味噌専門店です。実は我が家の味噌は30年ほど前からこちらの味噌を愛用させていただいているのです。店内に囲炉裏があり秘伝の味噌だれをぬり、炭火で焼いてくれます。香ばしく懐かしい味が広がります。「会津さこらっしょ」・・・囲炉裏を囲んで”みそ田楽”と書いてあります。
そしてまた街の散策。七日町駅からの散策路はほんとうに歩いていて楽しいのです。夜はちょっと秘密ですが・・・女将さんひとりでやっている居酒屋に。おでんと日本酒を燗していただき1合だけ。至福のときです。
さて、今回は「会津と日本~食といのち」というテーマでお話しをさせていただきました。じつは事前に関係者の方から2011年3月11日の東日本大震災や放射能事故による風評被害がひどく、農産物を含めその他の商品が売れず、また観光客を含めた来街者も風評被害で少なくなっている状態と伺っておりました。あれからもうすぐ四年の月日がたちますが、今もまだ家に戻れず会津若松で避難生活をなさっている方々がいらっしゃることを、私たちはいつも胸に刻んでいかなくてはならないと思いました。
会津若松は福島第一原発から100kmと離れており、原発と会津の間には阿武隈山系、奥羽山脈など大きな山脈が連なっていて、それが盾になってくれたことなどから、放射線量も東京よりもほんのわずかに高いだけの基準にとどまっています。最初はきちんとした情報が消費者に伝わらなかったこともあり風評被害という未曾有の危機にさらされました。
会津は幕末のときも、本当に大変な思いをなさいましたが、大震災までは、人口約12万5000の地方都市に毎年平均350万人もの観光客が訪れておりました。とくに修学旅行などの教育旅行に関しては大勢訪れておりました。さすが、オンリーワンの歴史と文化を持つ町だと感じさせます。大河ドラマ”八重の桜”効果で放映中は一時、わっと人がおしかけ、おすなおすな状態になっても、放映が終わりしばらくすると人の興味が移ってしまい、波がひくように観光客が減ってしまいます。
もう一度会津に行きたい。
あの町を散策したい。
あの風景を見て、会津の風にふかれたい。
会津の人々に会いたい、あの言葉を耳にしたい。
あの味を味わいたい。
そんな日はそこまで来ています。何よりも町の方々の熱いふる里への想い、情熱があり、「風評被害・・・なんて後ろ向きではいけませんよね!前を向き美しい街、里山を守っていきます」と力強く語ってくださった表情は輝いていました。しなやかな強さを持つ会津人気質。豊かな風土。時間はかかってもいい方向へとしっかり進んでいかれることでしょう。素晴らしい旅をさせていただきました。
『おあいなはんしょ』(いらっしゃいませ)
『よぐきらったなし』(よくおいでくださいました)
この美しい会津弁に魅せられます。

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