『闇学』入門

『闇学』入門 (集英社新書)
~日本人は「闇遊び」の達人だった~
大変興味深いお話を伺いました。
ラジオのゲストに体験作家の中野純さんをお招きいたしました。
中野さんは、1961年、東京のお生まれ。
「闇」に関する本を数多く発表する一方、夜の山や街を歩く「闇歩きガイド」としても活動中。主な著書に「闇と暮らす。」、「東京「夜」散歩」、「闇を歩く」などがあります。
光と闇だったら、私たちはどうしても光のある方に寄って行ってしまいがちですが、あらためて「闇」の魅力を考えました。
風俗、健康法から文学世界、信仰まで。
高度成長期以降の日本は、すべてが明るくなり、江戸時代やそれ以前の庶民の暮らしは、夜なべしごとがなければ、夕方に夕食をすませたら8時ころには寝ていたといわれます。
東日本大震災の後、東京の夜が暗くなり不安にかられましたが、今はそんなこともなく明るさが戻ってきました。私はあの暗闇の中で蝋燭の灯りで過ごしてみて、「あ~子ども時代の明かり、懐かしい」と思いました。
海外を旅すると、世界中で煌々とこんなに明るいのは日本だけではないでしょうか。それは、中野さんがおっしゃるには、戦時中のB-29の影響。闇の恐ろしさを味わい、それで高度成長期へ突入し、蛍光灯が普及したとのこと。
 ”昔は夜が豊かだった”・・・とおっしゃいます。
お祭りは夜やるもの、月待ち、蛍狩り、虫聴きなど。ささやかな光の闇の存在感をより強くしたと。花火大会、夜桜見物は江戸時代から広まったとのこと。
今も続く青森のねぶた(ねぷた)なども、光をとりまく闇を見せるもの。
講中登山(集団で夜明け前に登りご来光を拝む)
百物語(闇の部屋に集まり、百の怪談を語る)
などのレジャー、それに通夜。死者に付き添って夜を明かすものではなく、神仏への祈願、祈祷のためにお堂で徹夜する通夜も盛んだったそうです。
ささやかな光はあったものの、特別な夜には、いろんな闇へ繰り出して闇に親しみ闇と遊んだ、私たちの暮らし。「闇」があったからこそ、ささやかな光を五感でも感じられたとでしょう。
そういえば・・・私も「闇」を深く実感したことがあります。
私は箱根の山の中に暮らしていますから、夜バスを降り家までの道すがら、夜空を眺めれば星や月、虫の声を聴くこともよくあります。でも、それとは違う感覚・・・そうもう20年ほど前でしょうか。
金沢に行った時のこと。金沢城の門のところでした。
門の所に立つと闇の中で、いろんな音が聞こえてきます。
自転車のブレーキの音、靴の音、下駄の音・・・・・その闇の中には音しかありません。ヒタヒタと歩く草履、いや、昔のひとのワラジ? 音のドラマは耳をそばだてる私を不思議な世界に連れていってくれました。
そして、次に金沢市内からすぐ近くにある大乗寺というお寺です。
そこもまっくら。夏でしたから蛍がポッと明かりを灯すだけ。
真っ暗な廊下を歩き、暗い庭に出ると、お月さんが出ていないけれど、いくらか明るい闇がありました。その闇の濃淡の中で、いい匂いに出会いました。庭に茂る草の匂いです。日中歩いていて、はたしてこのようなデリケートなことが見えたでしょうか。
花虫風月、夜の虫を愛でる文化・・・・
ただ暗いだけで五感が敏感になる・・・と中野さんはおっしゃいます。
私たちの現代の暮らしは、スマホやケータイ、パソコン、携帯ゲーム、タブレット様々な光に頼っています。
中野さんはこうもおっしゃいます。
「夜の山では、自分自身の五感が鋭くなると同時に、人間活動がつくりだす騒音、騒臭、などからも遠ざけるために、微かな音やにおいを自分でもびっくりするほど感じ取ることができ、山百合のにおいも、梅の香りもよくわかるります」
志賀直哉も宮沢賢治もナイトハイカーだったそうです。
しかし、日本人は光が大好きだった。光をふんだんに使ったイベントを好むが
それはあくまで、深い闇の中の光だった・・・と。
『闇と音と匂い、そして光』
疲れたからだにこれほどの優しさはないように思います。
文化放送「浜 美枝のいつかあなたと」日曜10時半~11時まで
3月9日放送です。詳しくはラジオをお聴きください。
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「『闇学』入門」への4件のフィードバック

  1. ボーイスカウトの隊長をしている
    中学、高校の同級生から
    《ナイトウォーク》って、五感を養うって教えて貰ったことを思い出しました。
    特に、嗅覚、聴覚を鍛えるのには良いみたいですね。
    11月に、箱根やまぼうしに行った帰り道、真っ暗でしたが、月の明かりに足元を照らして貰い、安全の確保が出来ました。
    雪の少ない当地《高砂》も、今日は雪景色です。
    箱根は更に雪深い事でしょうね。

  2. 闇も深くて、味わい深いものがありますが、闇のその一歩手前、谷崎潤一郎の「陰翳礼賛」の日本美はさらに妖しく美しいと思います。ことに美しい日本語で語られる、陰翳の中で触れる漆器、羊羹の味わいについての描写には、眠っていた日本人のDNAを起こされた思いでした。今の日本は、トイレの個室まで、まるでコンビニの商品棚なみに明るく、審美眼を養う美しい闇、陰翳に触れる機会が少なくなってきましたね

  3. ☆のかけらさん
    コメントありがとうございました。
    まさに「暗闇の中の銀世界の街・北海道・音威子府」
    行っておりました。
    雪深く美しい街に魅了されました。
    日常では中々出会うことのない静寂に中、満喫いたしました。
    浜美枝

  4. soyさん
    そうですね。
    私たちの暮らしの中では審美眼を養う美しい闇には
    少し離れた暮らしが日常ですね。
    文学の世界ではなおさらのことです。
    あらためて「闇の美しさ」を感じたいと思います。
    浜美枝

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