C・W・ニコルさん

20日(水)東京で「C・Wニコル来日50周年、アファン財団設立10周年」の記念パーティーが開催され、私は司会をつとめさせていただきました。
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会場にはニコルさんの友人・知人・関係者、またアファンの森を応援してくださっている人たち、300名近い方々が全国から集まられました。
私がニコルさんと始めてお会いしたのは30年ほど前のことでしょうか。
対談をして、とても記憶に残るお話をしてくださいました。
“強くなりたかったら森へ行け”と小さな頃おばあさまに教えられたニコルさん。木と兄弟になるために木に抱きついてお願いしたそうです。
“兄弟になってくれ”と。
木の脈を感じ、木の声を聞いたそうです。
「耳をすますと、木が答えてくれますよ・・・木を抱くことは自分より強いものの存在を感じとることだった。」とおっしゃいます。座談会のときにうかがったお話です。そういう自然との接触が今日のニコルさんの心の基盤なのです。
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彼が日本に住むと決めたのは、ひとえに自然の美しさ。
住んでみて分かったこと、住んできた歳月の中で急速に変化したことの多くがニコルさんの最初の思いや憧れを打ち砕くものでした。
“愛していればこそ、その破壊ぶりに噴りを感じる”と、当時語ってくださいました。
私にはよくわかるのです。
私も全国を歩いていて、壊されていく家々を何度も、何十回、いえ何百回と見てきましたから・・・。
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パーティーで素敵なスピーチをしてくださった、アメリカ出身で日本文学と日本文化研究においては第一人者であり、3・11以降コロンビア大学退職後に日本国籍を取得されたドナルド・キーン氏のお話は、私たちが忘れかけている”日本の美”について語ってくださいました。そして、ニコルさんの現在の活動に賞賛の言葉を贈られました。
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森づくりを始めて28年、長野県信濃町黒姫の荒廃した里山の再生活動を行なってきたアファンの森財団。
そのアファンの森をニコルさんと二人三脚でつくられた森のパートナー、松木信義さんが黒姫から苦手な都会の会場に駆けつけてくださいました。
松木さんは15歳から森で生きてこられた方です。
80歳になろうとしている松木さんは、引退して森を去りましたが、いつでも必要な時は駆けつけてくださるそうです。「松木さんほど森を知っている人は誰もいないのです」・・・とニコルさん。
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そして、歌手の加藤登紀子さんはニコルさんと一緒に東松島で津波被害にあった学校を高台に移し「森の学校」づくりに協力し、パーティーで「鳴瀬未来中学校校歌」をお披露目してくださいました。
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最後に「ニコルズバンド」の曲にのり、ニコルさんの素敵な歌声を聴きながら閉会いたしました。だれもが、名残惜しくなかなか会場を後にできませんでした。
22歳で日本の地を踏んでから50年。
アファンの森はこれから先、50年、100年経ち「たとえ自分はもういないとしても、将来に向けてなにか素晴らしいことが出来るはず森は未来だ」とニコルさんはおっしゃいます。
そうですね、将来の子供たちのために、私たちは今何をなすべきか・・・。
ニコルさん、ありがとう!!
そして、これからも宜しくお願いいたします。
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「僕、72歳の赤鬼はもう年寄りです」な~んて言わないでくださいね。
人間として憧れています。ニコルさんの”木を抱く”生き方に。

「C・W・ニコルさん」への3件のフィードバック

  1. 東京會舘がニコルワールド化した瞬間に赤シャツと黒ベストではしゃいでました。浜美枝さんと最後に握手でき感激。素敵な司会ブラボーー!

  2. 久保さま
    C・Wニコルさんのパーティー、楽しかったですね。
    まさにニコルワールド。
    モルトも美味しかったですね!
    浜美枝

  3. 浜さん、こちらの記事に恐縮です。先日の文化放送のラジオでお世話になった柏の五十嵐です。
    先日、ちょうど野菜市をやっている日だったので、店頭で仲間の農家さんたちと放送を聞かせていただきました。その後も、やはり農業関係の方はあの番組を聞いてらっしゃる方が多かったようで、「聞きましたよー」と多く声をかけていただきました。本当に有難く思っております。
    収録の時の進行も、浜さんが拙著を読み込んで、非常に深く理解してくださっていたのでとても順調で、とてもびっくりするほどでした。今後とも番組やこのブログ等を通して、浜さんのお仕事から勉強させていただきたいと思います。ぜひ柏の農業にも、引き続き注目してくださいね!

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