夏が似合う女性(ひと)

灼熱の太陽がジリジリ肌を焦がす季節を少し過ぎ、夏の名残りを感じるこの季節になると、森瑤子さんを思い出します。
彼女は私が知っている女性のなかで、誰よりも夏が似合う女性でした。
貴女とお別れしてからこの夏で20年が経つということが信じられません。
それは、お知り合いになってまだ間もない頃に、与論島の彼女の別荘にお邪魔したときの印象があまりにも強烈だったせいかもしれません。
「浜さん、ヨロンに遊びに来ない?裸で泳がせてあげる。」
仕事を通じての出会いだったこともあり、まだお友達と呼べるほどの親しい会話もかわしていない搖子さんから突然そんなお誘いを受けて、私は心底びっくりし、長いあいだ憧れ続けていた上級生から声をかけられた女学生のように、半ば緊張しながらも素直にうなずいていたのでした。
白い珊瑚礁に囲まれて熱帯魚の形をした、あまりにもエキゾチックな匂いのする与論島。サトウキビ畑の真ん中にある空港に降り立つと、真っ白なつば広の帽子を小粋にかぶり、目のさめるような原色のサマードレスを着た搖子さんが待っていてくれました。
「この島は川がないでしょう。だから海が汚れず、きれいなままなの。娘たちにこの海を見せてやりたくて・・・」
私は搖子さんの言葉を聞きながら、母親の思いというものは誰でもいつも同じなんだなと感じ、急に彼女がそれまでよりもとても身近な存在に思えたのでした。
長いあいだの専業主婦の時を経て、突然作家となり、一躍有名人になられて、そして仕事がとても忙しかったことで、搖子さんは絶えずご主人や娘さんたちに対して後ろめたさのようなものを抱え続けていらっしゃるように私には思えました。
妻として母親としての役目を完璧にこなしていた搖子さん・・・そんな女性に会ったことがありません。
そう、都会の男と女の愛と別れを乾いた視点で書き続けた森搖子という作家は、個人に戻ればどこまでも子どもたちのことを思う「母性のひと」であったのです。
十代の頃から社会に出て働き続けてきたせいか、他人に甘えることのとても下手な私。心にどんなに辛いことがあったとしても、涙を流すのはひとりになってから。他人さまの前ではいつも背筋をシャンと伸ばして、爽やかな笑顔でいることが仕事を持つ女の美徳と信じ込み、ずっと長いこと、肩肘張って生きてきたような気がします。
あの頃の私は妻としても母親としても、そして仕事の上でも実にさまざまな悩みごとを抱えていて、激しい精神のスランプ状態に陥っていたのですが、そのことを誰にも言えずしひとり苦しんでいた時期でした。
真夜中、月が煌々とあたりを照らす海で泳ぎましたね・・・裸で。
静かに水をかき分け、ときおり肩や背中が月明かりを受けて輝いて見えたのが、私の目の中に残っています。
あの夜、まさに私の内のすべてを見抜いてくださっていた搖子さん。
甘えることのできるひとをみつけた嬉しさでいっぱいの私でしたのに、搖子さんはそれからあまり間を置かず、永遠に私の前から姿を消されてしまったのです。
与論の島に眠る搖子さん、お逢いしたいです
でも、瑤子さん、安心してくださいね。私、あと少しで60代を過ぎる今、ようやく自分の泣き顔を他人(ひとさま)に見せることができるようになりました。
そうしてもいいのよ、教えてくださったのは搖子さん、あなたです。
今までよりも、生きていくことがずっと楽になりました。