お伊勢さんへお参り

みなさま~。聞いてください。わたくし、ショックです。
せっかくお伊勢参りをするからには五十鈴川を渡る宇治橋からの朝焼けを見たくて朝4時に起き、神聖な景色と澄んだ空気に感激しながら内宮、外宮と歩き、何枚も何枚もシャッターをきったはずなのに、写っていなかったのです。
原因は…いつもより長めにしていた爪のせいでシャッターが上手に押せていなかったようです。ショックです。
お伊勢さんにお参りをなさった方は、あの美しい情景を思い出しながら、まだの方は想像をなさりながら、今日のブログはお読みいただければ幸いです。
私も近いうちにもう一度、お参りをしにいってまいります。今度こそ。
大寒の20日、夜明けとともに伊勢神宮に参拝してまいりました。
私の母方の祖母は伊勢の出身。幼いころ祖母に手をつながれて「お伊勢さん」にお参りしたことが記憶の奥深くにあります。
ず~っと昔、遥か昔、大和の国。古代にあっては、太陽の昇る地、
それが伊勢の国。
倭姫命はなぜ天照大神を伊勢の地に祀ることにしたのでしょう。
清らかな水の流れ・・・ゆったり、ゆったりと流れる五十鈴川。
その川にかかる宇治橋を渡り、朝日に輝く参道へと進みます。
その前に五十鈴川にそっと手を入れてみました。
そこから眺める上流の景色は素晴らしいです。
宇治橋は、人の世と神さまの聖地をつなぐ橋だそうです。
まぶしいほどに輝いていました。
五十鈴川のほとりに鎮まる伊勢神宮内宮。
長い参道の奥にあります。
三十段あまりの石段を上り、参拝するのは南御門の前。
拝殿はありません。
神さまが住まい、人々が祈りを捧げる社殿。
高床の穀倉を思わせる社殿の前でからだごと、五感の隅々までが清められていくようです。
その前にたたずむと、自然に頭が下がります。
神さまは20年に一回お引越しをなさいます。次は平成25年。再来年ですね。
20年に一度の「式年遷宮」、東から西へ、西から東へと神さまはお移りになられるのです。
神宮の森を抜け参道に戻ると「ここは神さまをお迎えする森なのだわ。木霊が宿っている」とつぶやきました。
9時すぎの参道は人で溢れています。五十鈴川のほとりのカフェで一休み。
陽だまりが暖かく幸せな気分になり、またぼんやりと五十鈴川の流れに見ほれていました。
「そうだ、お昼は牛丼だわ!牛鍋かな・・・」というわけで、早起きしたので11時にはお腹がすいてきました。「豚捨」で「牛鍋とお酒をお燗していただき少々いい気分」、「こんな贅沢していてはいけませんよ!・・でも、去年よく働いたご褒美です」などと言い訳をして神さまの食を司る「外宮」へ。
1500年間、毎日欠かさず1日2回、神さまにお食事を差し上げる祭りがあります。この外宮はJR伊勢駅から歩いて5分ほどです。
外宮は「農業の神さま」でもあるのです。
お供えする食事は原則的には自給自足だそうです。
縄文時代後期に日本に伝わった稲作文化。
でも私達の食習慣は大きく変わりました。
米の消費量はますます少なくなってきました。
高度成長期がもたらした食事の変化。
でも、この外宮では神職が1500年変わらず神さまに差し上げておられるのです。「米は神さまからお預かりしたもの」といわれます。
森の木々、石には人知を超えた何かがあります。耳を澄まし、触り、小声で話しかけると応えてくれます。それが”お伊勢さん”なのです。
最後に五十鈴川の河口から白砂青松の浜へ。夫婦のように二つの岩が並ぶ「夫婦岩」は「岩の鳥居」の役目をはたしています。二見浦はあまりの美しい景色に倭姫命が名残惜しく、二度も返り見られたことでついた名前といわれています。
私の伊勢神宮参拝は全て逆のコースでまわりました。
でも、宇治橋から伊勢湾に浮かぶ夫婦岩まで、心おきなく大和の国を旅させていただきました。
日本人の旅の原点、お伊勢参りができました。
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この記事をご覧いただいたブログの読者の北本朋子さんが、昨年に伊勢神宮へ行かれた際のお写真をお送りくださいました。
北本さん、夜明けの鳥居、五十鈴川など・・・本当に素敵な写真をありがとうございました!
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