NHKラジオ深夜便「大人の旅ガイド~三重県鳥羽市・答志島」

今回ご紹介するところは三重県鳥羽市にある離島、答志島(とうしじま)です。
東西約6キロメートル、南北約1.5キロメートルの細長い島です。面積約7平方キロメートルで、鳥羽湾および三重県内では一番大きな島ですが、島内は歩いて6,7時間で一周回れるくらの広さです。先週、私は小雪舞う箱根から行ってまいりました。鳥羽から島へ・・・風があり寒い日でしたが、穏やかな島はなに一つ変わっていませんでした。20年振りの答志島です。
この島へは、大阪や名古屋からでも近鉄鳥羽で下車し、徒歩で約5分の鳥羽港(佐田浜)から市営定期船で島に渡ります。答志島には三つの集落があります。島の北東部に答志(とうし)、南東部に和具(わぐ)、北西部に桃取(ももとり)。和具まで28分そして答志まで32分です。桃取は13分ほどですが、コースが違います。
この島の歴史は古く、持統天皇の伊勢行幸にあたって都に残った柿本人麻呂が
「釧着く答志の埼に今日もかも大宮人の玉藻刈るらむ」
と「万葉集」に詠んだ地です。
そして、戦国の将、九鬼嘉隆の悲しいロマンの地でもあります。織田、豊臣に仕え、いくつもの戦功をたてますが、息子の守隆は、家康の陣につき、父子が相対することになり、負けた嘉隆は島に逃げのびますが、自害します。嘉隆の胸中はいかばかりだったでしょうか。古墳、九鬼嘉隆の墓、首塚、胴塚など歴史的スポットが多くあり、潮音寺の観音堂には、弘法大師作と伝えられる観音像がまつられています。
小さな八幡橋を歩いて渡ると八幡神社があり、2月13、14、15日には神祭がおこなわれます。大漁、海上安全を祈願して行われる弓射の神事で、この的を持ち帰り戸口などにかけておくと、魔よけになるといわれており、壮絶な奪い合いが行われます。夏は海水浴、魚釣りなど、家族で楽しめるハイキングコースもあり多くの人が訪れる場所です。整備された見晴らし台からは、鳥羽湾に浮かぶ島々、知多半島が一望できます。

三つの集落の中でも答志は漁師町です。
ちょうど伊勢湾の出口にあり、魚の種類が豊富で、夫婦単位の船による漁が盛んで、一年を通じていろいろな魚を獲って暮らしています。ですから答志は海女漁が盛んな場所です。以前伺った「海女小屋」でのお話がとても印象に残っており、今回もお会いしたかったのです海女さんたちに。
日本で海女が一番たくさんいるのが志摩半島。漁から上がって、冷えた体を温めたり、食事をしたりする場所が「海女小屋」です。四畳半ほどの小屋の中で薪をくべ、この火場でのおしゃべりが何よりの楽しみとか。60代、70代でも現役です。冬に潜る海女さんたちは答志では14、5人。夏場になると多くなるそうです。夏は、海女は海に潜り、アワビ、サザエを獲っています。冬場はおもに「なまこ漁」1日2時間・2回潜ります。
今回も火場で話の輪に入れていただきました。真っ赤に燃える薪の横に獲れたてのほら貝を焼いてもらいました。美味しかった。
「火場は自分の御殿、オアシス」
「ここで仲間と家庭のことや、漁の情報交換をしてから家に帰るの、ストレスも発散してね」
「夫婦げんかはその日にかえせ・・・ってね、何しろ、分銅20キロくらいつけて潜り、父ちゃんに命綱をたぐってもらうから、けんかなんかできないさ。は・は・は!」
と海女歴60年のおばちゃんのお話に「なんか、うらやましいな!」と思った私です。
そして、この島には庶民が生み出した素晴らしい社会制度があります。土地の人が寝屋子(ねやこ)とよんでいる伝統的な若者宿が残っているのです。かつては広く日本中にあったのですが、昭和30年代から急激になくなりました。若者宿というのは、少年期から青年期にかけて男子が一緒に寝泊りします。その子供を引き受けて暮らすのが寝屋親たち。無償の行為です。実家で夕食をすませてから寝屋親へやってきます。めいめい勉強をしたり、おしゃべりなどをしたり若者同士悩みを相談することもあるでしょう。
「私たち寝屋親と寝屋子は、血のつながった親子ではないけれど、生涯親子のように付き合います」
と語ってくれた山下正弥さん。
「ある暮れに沖で船が横波をくらい女房が海に落ちたとき、真っ先に駆けつけてくれたのが寝屋子でした」と。
いざというときにはみんなで力をあわせ助けあわなければなりません。知識で知ることではなく、身体で覚えなければ身につかないことでしょう。20年前に伺ったときには8人の寝屋親だった山下正弥さん、今は陸にあがりました。その寝屋子が40代になり、また集まってくれました。西川長広さんの息子、長太君は寝屋子で漁師です。山下さん、濱口さんが言います。
「この制度が日本全国にあったら子供たちは悪いことなんてしませんよ」
また、正弥さんはおっしゃいます。
「漁業があるかぎり寝屋子は続きます。人は助けあい支えあって生きているのですから」
世襲でも強制でもない庶民が生み出した生活の知恵です。命を賭けて海で働き、海で生きる答志の庶民の暮らしから、学ぶことがたくさんあります。

旅の楽しみが景色だけ名所旧跡だけでなく、土地の人に出逢える・・・この喜びが加わって、旅は二倍三倍楽しくなるのですね。
伊勢湾に浮かぶ、離島・答志島・・・朝風が心地よく幸せな気分で帰路につきました。
今回は三重県鳥羽市、伊勢湾に浮かぶ 答志島をご紹介いたしました。