NHKラジオ深夜便「大人の旅ガイド~静岡県・井川地区」

今回ご紹介するところは、時速300kmの新幹線が走っている現代に、どう頑張っても最高時速25km、平均15kmという、のどかな汽車で行く、静岡県静岡市葵区「井川地区」です。
総面積の8割近くを山地が占める静岡市には、多くの山里があります。
井川の集落は、南アルプスに抱かれた大井川の最上流部に位置しています。市街地から井川までは、峠越えをして車で2時間ほど。
でも、私は素敵な列車の旅をお奨めします。東海道本線・金谷で下車し、ここから大井川鉄道で終点の千頭(せんず)駅まで1時間。時間によっては、懐かしい汽笛に誘われ、SLも走っています。千頭駅に着くと、鮮やかな赤色のミニ列車が迎えてくれます。南アルプス・アプトラインに乗り換えて、雄大な奥大井の山懐へと出発です。車窓に広がる茶畑。大井川流域は古くからお茶の栽培が盛んなところです。1番茶が終わり、2番茶の緑の茶畑が美しいのです。
大井川に沿って上流へ進むと、緑が一層美しくなります。井川線ミニ列車に
1時間40分乗って終点が井川ですが、その道中がまさに「小さな旅」です。

皆さん「アプト式鉄道」ってご存知ですか?
アプト式鉄道とは、ラックレールという歯型レールを使って急な坂を登り降りするように考案されたものです。アプトいちしろ駅~長島ダム駅までの間は1,000分の90という日本一急勾配を運行するために、車両は勿論のこと、ディビダーグ式橋梁や、枕木など新しい手法を取り入れています。いちしろ駅でアプト連結が見学できます。急勾配を力強く上って行きます。私はこの辺りで持参した「おにぎり」を食べ旅情気分を味わいました。
日本一高い鉄道橋、関の沢鉄橋から見る高さ100mの絶景とスリル、思わず身を乗り出し写真撮影。何しろ窓が開いている・・・。この渓谷の紅葉した景色はさぞ美しいことでしょう。

沿線はモミの木やモミジに囲まれ、清流にはヤマメも生息するなど、豊かな自然の中をゆっくりと進む山岳鉄道は開放感いっぱいです。
終点の井川に着きます。
駅の階段を降りていくと小さな食堂があります。
私は帰りにおでんを食べました。
さて、この山奥の町、井川では、ここにしかないといわれる貴重な「メンパ(お弁当箱)」が作られています。
私が25年前にお訪ねした時、このメンパを作っていらした海野想次さんは残念ながら一昨年他界され、今は5代目周一さんが継がれておられます。周一さんとは久しぶりの対面です。
井川のメンパとは、天然のヒノキを曲げて輪を作り、サクラの皮で縫い合わせて漆を塗って仕上げるお弁当箱なんです。ヒノキを薄く薄く、3ミリの薄さまで削って、このヒノキを水につけてやわらかくして、曲げていきます。丸めて仮止めし、穴をあけ、細く切った桜の皮を通して縫い合わせます。この状態で陰干ししておきます。底板をはめこみ、上塗りし、陰干ししてから漆をかけます。
メンパの形は丸型、小判型、角形の三種類があります。さらに、男メンパ、女メンパ、おかず入れである、菜(さい)メンパがあります。これは昔から山仕事に出かけた夫婦が食事を終えて、男・女・菜の順序でメンパをひとつに重ねて持ち帰るように作られたそうで、ほほえましいお話ですね。実用品としても、冬、ごはんが冷めにくく、夏は腐りにくい。また、身と蓋、男用、女用それぞれで、米をぴったり計量出来るようになっているというのも大変に優れていますね。
山の暮らしの中で生み出された生活の知恵の結晶です。
この海野さんのメンパはご自宅での販売のみ。手作りですから量産できません。「幻のメンパ」とも言われ遠路はるばるメンパを求めて井川を訪れる人々が絶えないそうです。若い世代の人々にも広く受け入れられているそうです。実用に秀でており、温かい木のぬくもりを普段使いの中で味わいたい・・・そんな日本の工藝は素晴らしいですね。

駅から井川の町までは歩いて1時間ほど。
バスは井川地区自主運行バスが日に3本運行されています。
駅近く、井川ダムから井川大橋を経由し、井川の中心地「木村」とを結ぶ片道40分の渡船もあり、バスや鉄道で来た観光客も自由に乗船でき、四季折々に見せる新緑、紅葉など楽しめます。
井川の町には旅館、民宿もあります。(観光協会にお問い合わせください)
井川の奥には自噴している「赤石温泉」。
南アルプスの登山。(聖平登山口まで、町からバスが運行されています。)
美しい景色に爽やかな風。
素朴で優しい心のふるさと、井川をご紹介いたしました。