日経新聞-あすへの話題(8月1日掲載分)

花織に教えられること
長年旅をしてきた私には第二の故郷と思える場所がいくつかある。そのひとつが沖縄だ。民芸の柳宗悦氏の本で知った沖縄の道具を実際に見てみたいと、はじめて伺ったのは返還前のこと。以来、何度、かの地をお訪ねしただろう。
多くの人との出会いもあった。中でも忘れられないのは、故・与那嶺貞さんだ。与那嶺さんは戦争で夫をなくし、女手ひとつで3人の子どもを育て、55歳になったときに、沖縄伝統の織物・花織(はなうい)の復活を志した。何本もの糸を用い、花が浮いたように織る美しい花織を再び蘇らせたのである。与那嶺さんが織った花織の着物は驚くほど軽く、肌触りは限りなく優しい。
「女の人生、ザリガナね」与那嶺さんはそうおっしゃっていた。ザリガナとは沖縄の言葉で、もつれた糸をほぐすことを意味する。そして「今日、ほぐせなかったら、10日、1年、いやもっとかかっても根気よくほぐしてこそ、美しい花織を織ることができるのよ」と続けられた。
先日、沖縄を訪ねた。青い空と海、穏やかで明るい人々。またここに帰ってきたとほっと気持ちが弛むと同時に、国道の脇に大きな長いフェンスが渡され、町が基地で分断されている状況が今も続いていることに胸が痛くなった。
ここにも、もつれた糸がある。60年以上がたち、先の戦争のことは風化しつつあるようにみえる。けれど沖縄は今もザリガナすべきものを抱えている。与那嶺さんのように志をもち、根気よく問題をほぐし、花織のように美しい社会を再構築する人が必要だ。このたびの選挙では、そうした人がぜひ選ばれてほしいと願っている。