「日経新聞-あすへの話題」

日本経済新聞夕刊1面コラム「あすへの話題」の執筆がスタートいたしました。
2009年7~12月まで。毎週土曜日、計26回の予定です。
身辺雑記、来し方の思い出、仕事のエピソード、社会的な事象など、身近なことを記してまいりたいと思います。
今回は4日に掲載された分をご紹介致します。次回以降の話題はおいおいブログでご紹介してまいりたいと思います。
日本経済新聞7月4日掲載
「あすへの話題~箱根に暮らして」
箱根に家を構えてから30年の月日が流れた。30年前といえば日本列島改造のスローガンのもと何百年も人々の暮らしを見守ってきた古民家が次々に壊され、新建材の家に建て替えられた時代だった。
当時、民芸に魅せられて、日本各地を旅していた私は、そうした古民家がなぎ倒される、心痛む場面に、何度も遭遇した。そしてついにたまらなくなり、ある家の解体現場で「この家を私に譲ってください」といってしまったのだ。
そうして12軒の古民家の廃材をすべて買い取ったのだが、当時は、古民家再生の技術はおろか、その言葉さえなかった。正直、廃材を前に途方にくれたこともある。けれど縁あって箱根に土地を見つけることができ、大工さん、鳶職さんと手探りで、試行錯誤を繰り返しつつ何年もかけて建てたのが、今の箱根の我が家である。
40歳で女優の仕事を卒業し、以来、食と農の現場を訪ね続け、日本の農業のサポーターを自認している私の仕事は、旅も多い。「箱根が拠点だと不便ではないですか」とご心配いただくこともあるのだが、どんなに早く家を出なくてはならなくとも、遅くたどり着こうと、私にとって我が家は、心身を開放してくれる特別な場所である。
磨き上げた床、柱、好きで集めた西洋骨董、民芸の道具、子どもたちを育てた記憶…。すべてが渾然一体となって、家は私を包み、支えてくれる。窓に目をやれば、美しい箱根の自然が優しく心を慰めてくれる。自分でこの土地を見つけ、家を作ったように思っていたが、そうではなくむしろ私がこの土地やこの家に呼ばれ、導かれたのではないか。今は、そんな風に感じている。

「「日経新聞-あすへの話題」」への3件のフィードバック

  1. 拙ブログに 日経コラム欄 ご執筆の記事を掲載しました ご披見下さい。
    2009.07.17
    『浜 美枝さん』
     日経夕刊一面 コラム欄の執筆陣が変わった。女優浜美枝さんが加わった。以前この欄に寄稿していた星野知子さんの文も面白く本サイトで取り上げた事もある。http://plaza.rakuten.co.jp/camphorac/diary/200607230000/
    浜氏は先日自身の今住んでいる家を建てるまでの経緯を書いておられた。偶然通り掛った先で、建て替えのため とり毀ち寸前の木造の家が、余りに立派 こんな家に住みたいと云うインスピレーションが働いたのか 土地の算段も何もなしに 産業廃棄物として処分されるものを器財一式譲り受けた。伊豆半島に土地を求め 新築に倍する費用を使い念願の家を建てる下りは拘りの人である。
    生家が、戦後の困窮から中々抜け出す事が出来ず 彼女は中学校の先生の強い進学の勧めが有ったにも拘らず 義務教育を終えて直ぐ バスガイドの職に付いた。
    最終学歴新制中学と言うのを社会が如何受け入れるかと云う事以上に、自身の心の持ちようで 中卒コンプレックスと引きずる人と 学歴の無いのが誇りとばかり頑張るか その二つしかない 程ほどと云う事が許されない厳しさが中卒には付いて廻る。 学ぶ事 思索を深めるというのは どのような立場・境遇でも本人の気持ちの持ち様で出来る事だと柳居子思う。 彼女は人知れず自分独自の方法で色々な事を学んだのであろう 付き合いの有る交友関係も学びの大きな要素だ。
    日経のコラムの肩書は、女優となっているが 環境・農・食問題に造詣が深く 農政のジャーナリストとして全国的な活躍をされている 近畿大学が新設する総合社会学部の客員教授に就任の話もあるそうだ。 同じ世代 共に中卒の学歴を糧に頑張ってきた仲間と云う意識が柳居子にはある。

  2. 始めまして浜 美枝です。
    ブログへのコメントありがとうございました。
    「日経新聞」での連載は私にとって勉強になることと思いお引き受けいたしました。
    ”人生生涯学びの場”はいたるところにございます。
    中学卒業後のバスの車掌時代は「まっとうに働いていく」ことを運転手さんや先輩の車掌さんから教えられました。
    あの時代、朝早くから工場勤務の人がどっと乗ってきました。終バスは、遅くまで工場で働いていた人でいっぱいでした。汗と油でどろどろになった作業服を着て、座席に座るなり、こっくりこっくり寝てしまう人がいたり。
    日本の経済成長を支えてくれた方々です。
    そんな環境で青春時代を過ごせたことは幸せなことでした。
    人間は「コンプレックス」があるほうが良いと考えます。
    いつまでも「学んでいたい」という気持ちを持ち続けられるのですから。
    それではどうぞお元気で。

  3. 『「日経新聞」での連載は私にとって勉強になることと思いお引き受けいたしました。』
    こんな謙虚な気持ちで日経の一面の記事を書く人は、後にも先にも貴女お一人かと思います。ご健筆を期待しています。

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