NHKラジオ深夜便「大人の旅ガイド~日本の故郷を歩く」

今回ご紹介するところは、静岡県賀茂郡松崎町・石部地区です。
松崎町は人口8,200、戸数3,150の小さな町です。昭和10年以前に建造された外壁が海鼠壁(なまこかべ)の建物が200軒ほど現存しています。
伊豆半島西南部に位置し、三方を天城山稜に囲まれ、西に駿河湾を望み、
屈曲に富む海岸線は富士箱根伊豆国立公園に指定されるなど、豊かな自然は訪ねると心が安らぎます。その松崎町の中心部から5キロほど南下した場所に石部地区の集落が広がります。
この集落は、昭和30年頃まで約18haの棚田がありました。しかし、高齢化、
労働力不足、減反政策などにより耕作放棄地が進み、猿や猪などの有害鳥獣被害の拡大などもあり、荒れ放題となり山林原野化してしまったのです。
石部の棚田が歴史的文献に現れたのは文政7年(1824年)、今から185年前のことです。この年に大規模な山津波が石部の棚田を襲い、ほとんどの棚田が崩壊したと記録にあります。棚田の年貢は免除され、約20年もの長期に渡る過酷な作業により、現在の石積みの畦道を築きあげており、先人の努力や苦労がしのばれます。
「何とかしなくてはいけない・・・この棚田を守っていかなければ」との住民の思いが結集します。
ここまでくるのには並大抵なご苦労ではなかったはずです。反対もあったでしょう。しかし、地元区では「棚田保全推進委員会」が発足し草刈や石垣の補修などが行われ、平成12年5月には田植えを実施、実に十数年ぶりに棚田がよみがえりました。
「日本の原風景・棚田」が脚光を浴び、静岡県の「棚田等十選」に選ばれました。
この石部の棚田は「百笑の里」とよばれています。標高120m~210mのなだらかな傾斜地にあり、駿河湾を眺み、遠くには富士山や南アルプスの山並みを見ることができます。棚田一帯には、図鑑にでている草花や鳥や昆虫と身近に接することができます。
以前お邪魔した時にはなかった交流施設(休憩所・水車小屋など)ができていました。交流棟は松崎らしく、海鼠壁をいかした建築様式で棚田の風景にマッチし、電気はソーラーパネルと風力発電を利用し、環境も考慮した美しい建物です。囲炉裏を囲んでの会話はさぞかしはずむことでしょう。
平成14年からオーナー制度を開始し、現在105件の応募があり、
このオーナーによって、田植えや稲刈りが行われています。
私は知っています。
お米作りの大変さを。
ましてや棚田です。
一枚が小さく、機械が入らない田もあります。
私もかつて10年間、福井県若狭三森に古い農家を移築し、田んぼをお借りして、師匠の松井さんご夫妻に農業のイロハを手ほどきいただきました。私の田んぼはわずか7畝(1反弱)ですが、松井さんたちのおかげで、美味しいお米を育てることができました。
手植え、手刈り、はさかけ・・・。その間の水の管理、草取り、様々な作業があります。また米作りにともなう農村の営みと、折々の機微を教えていただきました。花一本、草一本、虫一匹にも役割があることを、しみじみ感じとれた経験でした。
今回も石部棚田保全推進委員会、代表の高橋周蔵さんにお会いしました。
この地域の活動のキャッチフレーズは
「子どもに夢を 老人に生きがいを」です。
「このような美しい棚田をよみがえらせたのは、静岡県内の学生さん、ボランティアの方々のおかげです。活動を通じ、地域住民も棚田を貴重な地域資源として、都市住民との交流をはかり楽しく守っていきたいです。」とおっしゃる周蔵さんのお顔は輝いていました。

地元民宿などの観光業と連携したグリーンツーリズム組織も整ったようです。6月に入ると沢沿いに蛍が舞いはじめ、夏にはカブトムシ、セミ等昆虫が捕り放題とのこと。子供にはたまりませんね。
棚田米は天城山からの伏流水と完熟堆肥により美味しいお米がつくられるのです。また、棚田の黒米を使った焼酎・うどん・パンなども作られています。
これからの美しい集落づくりは、ただ生産の場としてだけではなく、グリーンツーリズム、エコツーリズムの拠点として”みんなの財産”という概念が必要だと思います。
先日16日、17日の週末に田植えが行われました。小さなお子さんから大人まで105組総勢550人が集まり、田植えを楽しみました。田植えの後には地元の方々が美味しいおにぎりでもてなしてくださったそうです。夕日に染まる棚田、伊豆西海岸の夕日と棚田の風景は心の故郷です。

そして、松崎町は見どころいっぱいです。古き良き明治の街並みが楽しめます。海鼠壁の建物はよく見ると左官職人の見事な技を感じます。この技術の保存のため、「松崎夢の蔵(仮)”蔵つくり隊プロジェクト”」が発足し、後継者育成に取り組んでいます。タイムスリップしたような感覚になる街です。
那賀川沿いの時計塔と明治商家・中瀬邸はレトロなデザイン。
外観をそのままに室内は喫茶スペースとなっています。
国の重要文化財、岩科(いわしな)学校。
露天風呂・温泉健康施設(こちらは明治初期まで呉服屋を営んでいた旧商家が現在無料の休憩所として開放され、足湯も楽しめます)

今回は静岡県賀茂郡松崎町石部地区と松崎町をご案内いたしました。
【旅の足】
列車では
東京~熱海(新幹線55分)~蓮台寺(伊豆急1時間30分)~松崎(バス40分)
東京~蓮台寺(直通電車2時間50分)~松崎(バス40分、30分間隔)
東京~修善寺~松崎(バス1時間45分、40分間隔)
船では
清水港~土肥港(駿河港フェリー65分)~松崎(バス40分)
車では
東名沼津ICより三島経由国道136号。
松崎72km(下田より27km)
松崎から石部までは西伊豆東海バス
0558-42-1190
松崎町観光協会
0558-42-0745