「ティアンダ」の食文化-琉球新報「南風」

最近、東京に沖縄料理の店が増えつつある。夏の八百屋の店先には、ゴーヤーがお馴染(なじ)みの野菜として並ぶようにもなった。私のまわりにも、ゴーヤーチャンプルーは夏のお惣菜(そうざい)の定番だという人が増えている。沖縄料理の世界は深く優しい。これが単なるブームに終わることなく、沖縄料理を愛する人々は、今後も全国に広がっていくだろうと私は確信している。
沖縄調理師専門学校校長である新島正子先生に、以前、沖縄の食文化についてお聞きしたことがあった。新島先生は戦後、沖縄の郷土料理の復元に尽力なさった女性である。「苦闘の歴史を経てなお、人々の記憶の底に郷土の味が残っていた。文化は決して滅びない。占領されない」との新島先生の言葉は忘れられない。
新島先生に伝統の3月3日の料理をお願いし、ベンチャークラブの友人たちが昔の浜下りを見せてくださったことがあった。衣装を集め、髪を結ってくれる人や舞の先生を探し、それはそれは見事な浜下りを再現してくださったのだ。ウチナーカンプー(沖縄髪)、銀のかんざし、紅型の着物に身を包んだ女性たち。白浜に下り、琉球漆器の重箱を広げ、歌い、舞う…琉球の雅と豊かさにことばも忘れた。
一の重には花いか、二の重には赤飯おにぎり、昆布、お重菓子、天ぷら、赤かまぼこ、三の重には3月菓子、四の重には菱餅(よもぎ餅)…。ため息がでるほどの美しい彩り、そして豚肉、とんこつ、かつお節を駆使して調味された「アジクーター」コクのある味わい。そのときに、新島先生に「ティアンダ」という言葉を教えていただいた。ティは手、アンダは油。命の糧である油が手にのっている、つまり心をこめて作るという意味である、と。「ティアンダ」を原点とする食だからこそ、人々の心をつかまえて離さないのだろうと感じる。
琉球新報「南風」2006年8月22日掲載